丁亥年(1587年、明万暦十五年)、ヌルハチは地元スクスフ部をほぼ平定したのを機に、政権の基礎固めを行なっている。 第一に、フェ=アラ Fe Ala城(旧老城、二道河子城、現遼寧省撫順市新賓満族自治県)の築城、第二に政治・法律制度の整備である。 第一に、フェ=アラ城について説明する。 フェ=アラ城はヘトゥ=アラ城(興京老城、新賓満族自治県)の南方、ギヤハ河Giyaha bira(嘉哈河)とギヤハ河支流のショリ河 Šoli biraの合流点にはさまれた地点に位置する。
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ere jalan be jurcerakv: ere jalan は直訳すると「この世代」。恐らく漢語の「這輩子」(今生、この一生)のような意味と思われる。ここでは漢語歌詞との整合性を考え、「一生あきらめない」と意訳した。
sunggari ula deri dekdere biya i adali: 直訳すると「スンガリ・ウラを通して浮かび出る月のように」。deri(~を経て、~を通して)は沿格助詞で、ある行動がある場所を通過・経由して行われる意を表す。現代満洲語・シベ語では奪格助詞(~から)として使われる場合が多い。ここでは漢語歌詞との整合性から前者の意と解釈し、「スンガリ・ウラに浮かぶ月のように」と訳した。
jilgan : 声、音。歌声を指していると考えられるので「歌声」と訳した。
yar seme: yar seme は満洲語のオノマトペ。『御製増訂清文鑑』巻ニ、地部、地輿類第十一では「水細流貌(水が細長く流れる様)」、同第十四巻、人部五、言論類第四では「聯貫(立て続けに))」とある。ここでは「流れるように」と訳した。
mini dolo simbe ele kidure jiye: 直訳すると「僕の心中は君をますます想うのだ」。ここでは「僕の心の中で君への想いがつのるんだ」と意訳した。
sini dere acahabi: 直訳すると「君の顔に会えたのだ」。ここでは「君の顔を見れたんだ」と意訳。
naranggi: 結局、いったい、そもそも。漢語の「到底」に似た意味。
sara sarkv nio?: 直訳すると「知っている、知らないのか?」。漢語の「知道不知道?」に似た構文。 ここでは満洲語の語感を活かすため「知っているのか、知らないのか?」と訳した。naranggi sara sarkv nio?は漢語でいえば「到底知道不知道?」に近いかもしれない。